生成AIを含む情報技術の発展により爆発的に増大するデータ量をリアルタイムで処理するために、既存のデバイスを飛躍的に高機能化、低消費電力化、高集積化するとともに、情報処理技術を根本から変える量子演算方式の実現が強く求められています。このような次世代エレクトロニクスを実現するためにトポロジカル材料が近年非常に大きな注目を集めています。トポロジカル材料の中で、トポロジカル超伝導体はエラー耐性をもつ量子コンピューティングにおける量子ビットの有力候補であるマヨラナ準粒子を実現するための重要な材料プラットフォームとして期待されています。そして、トポロジカル・ディラック半金属(TDS)ではグラフェンのようにエネルギーと運動量(波数ベクトル)との関係(バンド分散)が線形である「ディラック電子」がバルクの電気伝導を担います。ディラック電子は極めて有効質量が小さく、移動度が高いため超高速電子デバイスへの応用が期待されます。また、材料に強いスピン軌道相互作用があると、ディラック電子のスピン方向と運動量方向が強く結合する「スピン・運動量ロッキング」という現象が知られています。このため、ディラック電子の流れによる電流はスピン流とも見なされ、電子の「電荷」と「スピン」の両方の自由度を活用するスピントロニクスデバイスや量子情報デバイスへの応用が大変有望です。物性物理学の基礎研究の観点からも、TDSから他の多くのトポロジカル物質状態へ相転移させることが可能であるため、トポロジカル物質の「親」となっている相であり、重要な研究対象として見なされます。
このようなトポロジカル・ディラック半金属状態を実現できる候補材料の中で、α-Snは唯一の単元素からなる材料であり、ユニークかつ有望と期待されます。α-Snの材料構造の単純さ、主要な半導体との良い整合性、環境にやさしいという点により、作製プロセスが簡易、制御がしやすい、したがって産業に応用しやすいという大きなメリットが期待できるからです。しかし、先行研究では成長技術が十分でなかったため、品質の良いα-Sn薄膜の作製ができず、期待されるトポロジカル物性を実現することができませんでした。もし、高品質のα-Sn薄膜を実現できれば、トポロジカル物性を中心とする固体物理学の進展とともに、新しい量子デバイス応用の可能性を開くという観点からも非常に大きな進歩となります。
我々の研究室は原子レベルで制御可能な分子線エピタキシー結晶成長法を駆使して、世界最高品質の単結晶ダイヤモンド型結晶構造をもつα-スズ(α-Sn)薄膜をIII-V族半導体インジウムアンチモン(InSb)基板上に作製することに成功しました。α-Sn薄膜の非常に高い品質により、明瞭な電気伝導度のシュブニコフ・ド・ハース振動を初めて観測しました。α-Snのバルク正孔バンドと表面バンドの量子移動度を実測し、先行研究に比べて移動度が10倍も高いことが分かりました。また、α-Snの膜厚と歪を変えることによって、トポロジカル・ディラック半金属からトポロジカル絶縁体、通常の絶縁体などに変えることができ、非常に豊富なトポロジカル相図を持つことを実験と理論計算により明らかにしました。α-Snは、材料の良い制御性、主要な半導体との整合性、環境にやさしい単元素構造から、トポロジカル物性と量子デバイスのための新しいプラットフォーム材料として大きく期待されます。
本研究テーマは、α-Snをはじめとする従来の半導体技術に高い親和性を持つ様々な新規トポロジカル物質を実現し、物性解明と制御と共にスピントロニクスと量子情報科学技術に応用することを目指しています。
関連する代表論文は以下に挙げます:
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Le Duc Anh, Kengo Takase, Takahiro Chiba, Yohei Kota, Kosuke Takiguchi, Masaaki Tanaka, “Elemental topological Dirac semimetal α-Sn with high quantum mobility”, Advanced Materials 33, 2104645 (2021). DOI: 10.1002/adma.202104645. 👉Press release (Japanese): 世界最高品質の単元素トポロジカル・ディラック半金属を実現
- Kohdai Inagaki*, Keita Ishihara*, Tomoki Hotta, Yuichi Seki, Takahito Takeda, Tatsuhiro Ishida, Daiki Ootsuki, Ikuto Kawasaki, Shin-ichi Fujimori, Masaaki Tanaka, Le Duc Anh, and Masaki Kobayashi, “Allotropic transition of Dirac semimetal alpha-Sn to superconductor beta-Sn induced by irradiation of focused ion beam“, Appl. Phys. Lett. 124, 021602 (2024).
- Le Duc Anh*, Keita Ishihara*, Tomoki Hotta, Kohdai Inagaki, Hideki Maki, Takahiro Saeki, Masaki Kobayashi, and Masaaki Tanaka, “Large superconducting diode effect in ion-beam patterned Sn-based superconductor nanowire/topological Dirac semimetal planar heterostructures”, Nature Communications (2024)